”でんたろ”とは?

こんにちは!
マッチョ茶人の“でんたろ”<@dentaro-blog>です。

ここでは僕の自己紹介をしていきます。
でんたろがどんな人生を送ってきたのかをせっかくなのでご一読ください。

中学時代

正直めちゃリア充でした笑
勉強もスポーツもそつなくこなしていました。学校一の美少女と付き合っていたこともあり、それはもう有頂天になっていました。
職員室に一番呼ばれた回数が多いなど隠れた問題児でもありましたが笑
そんな超絶リア充な中学生活も終わりを迎えます。
3年生の12月のことです。有頂天になった僕は、3股をかけ振られてしまうのです。
こうして僕はもう女の子は自分の世界に当分いらないと家の近くの男子校を受験することをけついしました。
しかし、その高校は内申が高くないと受験できない高校でした。そう、問題児の僕が受験するには必要とされる内申が特別に高かったのです。
そのせいで受験に勝つためには周りの生徒より50点も高く点数を取る必要がありました。
それはもうめちゃくちゃ勉強して目標の高校に合格しました。

高校時代

一生懸命勉強して入った高校。ここで僕は人生の転機を迎えます。
入学式の日、校門の前で仁王立ちしている袴姿の漢に目を奪われるのです。
後日その漢に誘拐され僕は応援団に入団しました。
3年の先輩と僕だけのたった2人の応援団でした。
運動部なのに大会があるわけでもなく、ひたすらに陰で支える役。口を開けば、根性、努力、気合が合言葉のような場所でした。
不合理で感情論ばかり。自分と20も離れているOBの接待。なれない日々に僕は衰弱していきました。
もう辞めたい。死ねば楽になるのだろうか?ああ、死のう。毎日そう考えるようになったとき、僕は逃げ出したのです。
1年生の7月です。とにかく海に向かって自転車を漕いでいました。ですが、埼玉は内陸県。海までめちゃくちゃに遠いかったのです。2時間くらい自転車漕いで諦めました笑
そうして元の生活に戻った僕は、後継者がいなくなって混乱した応援団を傍観していました。
後継者がいない状態での先輩の引退がありました。なぜか僕はその引退を見に行ったのです。
逃げ出してしまった自分。高校の中心にあるべきものがなくなる空虚感。大事なものを自分が壊してしまったという罪悪感。今すぐ戻ってその場所を守りたいと思ったのです。
僕は応援団に戻り、一人だけの応援団長になりました。
それからは、とにかく応援団を大きくしようと勧誘活動を必死に行てっておおきくしました。OBとも戦って現状を必死に変えていったのです。時代に沿う新しい応援団に変革していきました。
僕が引退するときには後輩は8人になっていました。そして、僕の最後の晴れ舞台には1000人もの人があつまってくれたのです。
勉強は全くしていなかったので、学力なんてものは無になりました。
一応は地頭でそこそこの大学に合格はしたのですが、一浪はひとなみと読むなんて高校の風潮を真に受け浪人することになりました。

浪人時代

暗黒時代です。
机に向かいながらアニメを鑑賞する日々。雀荘に通って麻雀をする日々。勉強なんて全くしていませんでした。ま、そうして1年たつ頃には前年よりも学力が落ち、Fラン大学といわれる大学にしかはいれませんでした。

大学時代

失意のうちの入学でした。入学式の挨拶をしたのはホストみたいな金髪でしたし。とんでもない大学に入ってしまったというのが最初のイメージです。
結論から言うとめちゃくちゃ楽しかったんですけどね笑/span>
さて、失意のうちに大学に入った僕は大学生活でどんなサークルに入るのかを考え、とにかく面白そうなサークルに入りまくりました。7つほど入ってからどんどん辞めていき、最後まで入っていたのは茶道部だけです。
茶道にはまり、道具を買い集め、年中金欠になりました。バイトで月7万稼いでいましたが、自由に遊び、道具を買うには足りない額でした。
でも時間も削りたくない。そうなった僕が頼った手段はクラウドソーシングで仕事を受注して納品するというものでした。
こうして10万を超える稼ぎを出せるようになりました。僕の周りにいた起業したいという友人に誘われるようになりました。
でも僕はどうしても友達と起業するということを具体的に想像できず、せっかくの誘いを断り続けました。
最終的に就活をすることを3年生の3月に決意します。20社受けて19社から内定をいただき(1社は最終面接で社長の態度や口調に腹が立ち辞退)、
自分の一番大事な価値観“人に恵まれる”ところに入りました。

社会人時代

社長や社員の方々が好きで入りました。業務内容はNWの2次受け。それでもいいと思っていました。
何より社長が好きなのです。僕の持っている価値観を面白いと言ってくれた社長でした。
この社長についていけば僕は楽しい社会人生を送ることが出来る。そう思って入社したのに、蓋を開けば、同じ動作を延々とさせられる毎日。
僕が想像していたような毎日が辛いけど楽しい日々ではなく、つらくて楽しくない日々が待っていたのです。
ああ、生きている実感がわかない。
どうすればこの生活を脱却できるか?そう考えて手段を探すうちに、雑記ブログという単語にたどり着きました。
こうして僕はつまらない日常を脱却するために雑記ブログを書くようになったのです。

それではみなさん
素敵な明日を